市民活動ワクワクレポート内容
聴覚障害者がいきいきと活躍する社会の仕組みづくりをめざす「サイレントボイス」。その活動は、言語や音声を使わない「無言語コミュニケーション」のプログラムからスタートしました。開発者のひとりである竹下善徳さんにお話を伺いました。
株式会社サイレントボイス 研修事業部 運営・開発責任者
竹下 善徳さん
<主な活動>
法人向け、個人向けのコミュニケーションプログラムの提案と実施
心を伝える研修プログラムと聴覚障害・難聴児の育成
サイレントボイスの活動についてお聞かせください。
サイレントボイスは株式会社とNPO法人の二つの法人格を持っています。株式会社では「無言語コミュニケーション」研修プログラム「DENSHIN」を開発しました。「無言語」とは「言葉が存在しない」という弊社の造語です。言葉に頼らず、心と心で伝えあうワークを通して相手を理解すること、あきらめずに伝える姿勢や忍耐力を引き出すプログラムです。「以心伝心」という言葉があるように、言葉がなくてもコミュニケーションはできます。「コミュニケーションとは何か」を見つめなおして、コミュニケーションの課題解決に活用する研修プログラムを提供しています。
NPO法人では、聴覚障害・難聴児専門の総合学習塾「デフアカデミー」の運営を行っています。聴覚障害・難聴児の学習塾的な要素もありますが、子どもたちがそれぞれの力を伸ばしていけるように、自立して社会に出ていけるように、という思いから、スタートしました。「聴覚障害・難聴者から社会のリーダーを輩出する」という目標をもって教育プログラムを実践しています。
ハンデがあっても能力を活かせる社会に…代表の体験がサイレントボイスの原点。
この事業を立ち上げたきっかけについてお聞かせください。
サイレントボイス代表:尾中氏の両親は聴覚障害者で、代表自身は0歳から簡単な手話を話し始め、日本語よりも先に手話を習得しました。家の中では、聞こえなくても何の障害もなかったので、「障害者」という言葉が理解できなかったそうです。それでも、耳が聞こえないだけで様々な苦労をしたり、夢をあきらめたりした両親を見て育った代表は、「聞こえないだけで、こんなに仕事の幅が狭まるのか、聴覚に障害があっても働ける場をつくりたい」という思いから、サイレントボイスを立ち上げました。
厚生労働省の統計では、聴覚障害・難聴者は全国で約36万人とされていますが、日本医師会、及び日本補聴器工業会の調査結果では、聴こえにくい難聴者人口は1,000万人以上と推定されています。そのうち、働いている聴覚障害者の収入に関する調査によると、月収9万円未満の人が4割、月収18万円未満の人が3割で合わせて7割弱だそうで、あまり良い収入状況とは言えません。また、職場への定着率も低く、聴覚障害者の2人に1人が転職経験者で、転職回数も平均2回以上です。転職の理由は、その大半が「職場の人間関係やコミュニケーションへの不満」であるという調査報告があります。
コミュニケーション手段は言葉だけではありません。目が見えない人は、耳とにおいの感覚が優れていますし、聞こえない人は、見る力や想像力が優れています。できないことがあれば、それを補う別の力が人間には備わっているのです。聞こえない、聞こえにくいからこそ身についた力を、なんとか発揮できないものか。聞こえる人と同じ人間として、もっている力が発揮できる社会にできないものか。その実現に向けて活動しています。
聴覚にハンデがある子どもたちの未来を拓く、「デフアカデミー」の活動
サイレントボイスの活動のひとつ、「デフアカデミー」では具体的にどのような
指導をしているのですか?
現在、「デフアカデミー」には、さまざまな学年の子どもたちが通っています。聾学校に通っている子どももいれば、一般の学校に通っている子どもたちもいます。 「デフアカデミー」では、学校の補完としての学習指導もしていますが、それが本来の目的ではありません。子どもたちがもつ力を引き出し、伸ばすことを目的に、さまざまなプログラムを実施しています。たとえば、視覚を主とした能力開発では、聴覚障害があるからこそ、より視覚に神経が集中し、空間の情報を把握する能力が非常に高いため、視覚能力を活かして記憶力や速読力、推測力を高めます。また、手話や音声、書くこと、見える化など多様なコミュニケーション手段を使って、聴覚障害や難聴によって生じるコミュニケーションのハンデを下げていきます。さらに、夢を育てるプログラムでは、社会で活躍する聴覚障害・難聴者を定期的にゲストに招いて交流しています。将来、「こんな人になりたい」という夢や目標を、子どもたちに自ら発見してほしいと思っています。「デフアカデミー」に来ることで、同じ目標をもった友達もできますので、親も安心して預けられると、徐々に人数が増えてきています。今は1校ですが、2校目を立ち上げようと検討しています。「デフアカデミー」で学ぶ子どもたちが増えて、どんどん世の中に出て、活躍できるようになってほしいと思っています。
「無言語コミュニケーション」…言葉がなくても、ないからこそ心と心が交わる
「デフアカデミー」でコミュニケーションを重視した指導をされていますが、「DENSHIN」もコミュニケーションの指導ですね。「DENSHIN」の「無言語
コミュニケーション」についてお聞かせください。
「無言語コミュニケーション」の研修プログラムが「DENSHIN」です。言葉や音声を用いない無言語空間で、いかにコミュニケーションをはかることができるか、を実践します。参加者は全員、耳栓をして音声を遮断して、言葉を使いません。もちろん、手話も言葉なので使いません。ジェスチャーや表情、仕草などから、自分の伝えたいことを表現し、相手の伝えたいことを読みとります。あえて無言語にすることで、国籍・聞こえる聞こえないに関係なく、対等な立場でコミュニケーションをする事ができるように工夫しています。
伝わるまであきらめない気持ち、なんとかして伝えようという姿勢、その大切さを全員で体験できないか、模索しながら研修プログラムをつくりました。そうして誕生した「DENSHIN」は、企業の研修に採用いただいて、1年半で40社以上、2,000人以上の方に体験していただきました。企業がこのプログラムを導入する理由や背景には、まずはダイバーシティがあります。とくに、障害のある方を採用している職場での研修に、ご利用いただいています。また、お客様とのコミュニケーションに悩んでいる企業では、営業職をはじめ、接客する機会の多い方に向けて導入されています。もっとも多いのは、上司や部下、職場内でのコミュニケーションをより円滑にするための取り組みとしてのケースです。企業によって、活用シーンは違っても目的は同じで、コミュニケーション力の悩みを解決するために「DENSHIN」を利用いただいています。
「言葉がなくても伝えられる、言葉がないからこそ伝わる」その体験を通して言葉の壁を越えられれば、人間関係は変わるのです。全員に共通しているのは、言葉を使わない、という環境をつくることで、一人一人の違いを発見し、その違いを乗り越えて協働することで、新たな人のつながりが生まれる、ということに気づく点です。今後はもっと多くの企業やコミュニティでこの研修が必要とされるのではないか、と予測しています。
聞こえないからこその強みを発揮して、社会参加する仕組みをつくる
竹下さんご自身のサイレントボイスにかける思いをお聞かせください。
電気機器メーカに6年間勤務して、技術開発部門でものづくりをしてきました。コミュニケーション面で課題はありましたが、いろいろなことを任せてもらうことができ、やりがいをもって働いていました。非常に恵まれていたと思います。前職の企業との出会いがなければ、私自身の可能性は開けなかったと思っています。
自分のような人を増やしたい、という強い思いがあります。障害があっても働ける環境をどんどんつくっていきたいのです。聞こえなくても、聞こえる人の中で同じように働ける、そのためには、本人も変わらなければなりません。めげずに頑張る、自分の能力をアピールする、伝えることをあきらめない我慢強さ、すなわち心の体力をつけてほしいのです。もちろんそれは聞こえる人も同じです。聞こえない人にどうやって話せばいいのか、どうやって接すればいいのかがわからないと言う人がいますが、それは心の中に壁があるからです。自分と違う人だから別なのだ、と思って壁をつくっています。みんな違いがある。その壁をみんなが乗り越えられたら、社会が変わると信じています。本人も、周囲も、企業も、そして社会全体も変わらなければならない。「デフアカデミー」や「DENSHIN」の活動を通して、壁を越え、聞こえない人でも活躍できる社会の仕組みづくりに取り組んでいきたいと思っています。
垣根を超えて、違いを活かす社会の実現に向けて
今後どのような取り組みをされるのでしょうか?
ひとつは、「デフアカデミー」の教室を増やしたいと考えています。10年先、20年先の社会を担う子どもたちが、障害があっても夢をもてる、目標をもてるように、その力を引き出して伸ばしていきます。
ふたつめは、聞こえない・聞こえにくい人たちの働ける環境を増やしていくことに取り組んでいきます。聞こえないだけ、なのに、何ができるかわからないから簡単な仕事しか任せてもらえない人がたくさんいます。実際には、仕事がきちんとできるし、高度な内容でもできる、会社の運営もできる、そんな人でも、本人もあきらめてしまっているケースも多いのです。まだ草案段階ですが、そういう人たちに向けて ITを使った仕事ができる事業を立ち上げて、モデル事業にしたいと考えています。能力や向上心を持っている障害者ほど、多くの壁にぶつかって苦しんでいます。それは、その人にとってだけでなく、社会にとっても損失です。障害のある人を、ただ助けるのではなく、思うように働けない人のために仕事ができる、働ける環境を増やしたいのです。
今後、社会は大きく変わっていきます。製造業は海外に移転し、事務職は自動化が進み、雇用は確実に減少するでしょう。社会の幸福は、一人一人の幸福の集積です。障害があっても、誰もがいきいきと生きられる、そのためには誰もがいきいきと仕事ができる環境をつくらなければなりません。言葉や心、人、国の垣根を越えて社会全体が「違いをなくす」から「違いを活かす」方向にシフトしていかなければなりません。サイレントボイスはそのための仕組みづくりにチャレンジしていきます。