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ひと昔前の日本では、高齢者は長男家族と同居するのが「当たり前」とされていた。
しかし、いつからか核家族化が急速に進み、同時に一人暮らしの高齢者が珍しくなくなってきた。
およそ30年前と比べ、一人暮らしの高齢者数は倍増している。
女性にいたっては、高齢者の5人に1人が独居であるのが現状だ。
NPO法人えがおの樹は、平野区の市営住宅の一角で、そんな独居高齢者が多く集まるサロンと訪問介護事業をしている。
週3回開放されるサロンでは、一日5~6名の高齢者が集まってお喋りを楽しんでいる。
そこで交わされるのは、近くのスーパーや病院の話題など、たわいもない日常会話だ。
しかし、定期的に顔を合わせて話ができることが、一人暮らしの高齢者にとってどれだけ有難いか、利用者は口をそろえて言う。
「なんでもちょっとしたことを相談できるのが本当に助かっている。」
「このサロンが心の支えになっています。」
「遠くの親戚より近くの他人。それ以上の言葉はいらない。」
「このサロンには足を向けて寝られない」という言葉の裏に、サロンができる以前に抱えていた孤独感や不安が垣間見られた。
NPO法人えがおの樹は、2012年1月に職業訓練校の講師数人が集まって設立した。
設立当初は高齢者に限らず、市民向けのセミナーやイベントを行う団体だった。
立ち上げと同時に大阪市が実施した、市営住宅の空き住戸を活用してコミュニティビジネスの拠点とする「コミュニティビジネス等導入プロポーザル」に選定された。
このプロポーザルに参加したことが、えがおの樹の活動を大きく変えることとなる。
というのも、市営住宅に事務所を構えたことで、そこに住む高齢者が抱えている問題を目の当たりにすることとなったのだ。
それまでは、市営住宅の高齢者の現状についての知識はなかったと、NPO法人えがおの樹の野田さんは言う。
しかし、実際にサロン活動を始めてみると、そこに集まった高齢者から様々な悩みや相談が寄せられるようになった。
「例えば、テレビがつかないというような些細なことから、明日食べるものがないというような生死にかかわる切迫したものまで、本当に色々な相談が寄せられます。」
このような相談を受けているうちに、えがおの樹のスタッフ自身が介護の知識を得る必要性を感じたという。
更に、高齢者一人ひとりの生活の様子をより把握することで、彼らの悩みにもっと寄り添うことができると考え、高齢者および障害者に対する訪問介護の事業所を立ち上げた。
つまり、介護に対する「素人集団」が、サロンに通う高齢者の困りごとを解決するために介護を学び、ゼロから介護事業をスタートさせたのだ。
こうして始動した訪問介護事業が、現在のえがおの樹の唯一の収入源となっている。
その他の悩み相談やお困りごとの解決およびサロン活動は、ボランティアとして完全無料で行っている。
また、「ここで料金や寄付を受け取ったら、高齢者が相談をしにくくなる。」と、寄付も一切受け付けていない。
ただ、「たくさん作ったから。」とおかずなどを持参してくれた際には、有り難く受け取るという。
えがおの樹では、カフェサロンと利用者というだけではない、親しいお隣さんの関係を築くことに成功している。
えがおの樹は、サロンとして開放している市営住宅の他に、別の市営住宅にもう一部屋事務所を持っている。
同じ平野区内にあるこちらの市営住宅では、主に相談業務を行っている。
一時こちらでもサロン活動を試みたが、こちらの団地にはサロンの手法が適合せず、利用者が集まらなかった。
というのも、1軒目の団地では、もともと月に数度ではあるが集会所に集まる習慣があったのに対して、2軒目の団地に住む高齢者は、地域コミュニティそのものに馴染みがなかったのだ。
そのため、2軒目では自治会を巻き込んで、人が集まる仕組みづくりからスタートさせているという。
それが、平成26年に自治会と協働で始めた、週に1度のモーニングサービスである。
平成27年度からは、完全に自治会に引き継いだ形でサービスが定着している。
また、問題を抱えた高齢者に対して、自治会が率先してえがおの樹への相談を呼びかけるバックアップ体制も作ることができた。
1軒目の市営住宅とは違った形でアプローチすることで、自治会を巻き込んで市営住宅内外の高齢者の問題を一つずつ解決に導いている。
ここからわかることは、ただ単純に公営住宅の一角にサロンを作るだけでは、そこに住む高齢者の問題は解決しないということだ。
その地域やそこに住む人々の特性に合わせて動く柔軟性が必要といえる。
そして、もともと目の前の問題を解決するために事業を転換させていったえがおの樹は、ここでも臨機応変に働くことで、サロンとはまた違った方法で高齢者を支援している。
現在えがおの樹のサロンに集まっている高齢者は、殆どが同じ市営団地内に住んでいる、いわばご近所さんである。
しかしそれでも、サロンに来るときにはしっかりとお化粧をしてやってくる。
「いくら近所でも、ざんばら髪では来られへんからね。」
そう言って声を出して笑う利用者さんの顔からは、不安の色を感じることはない。
愉しげでハツラツとした高齢者の姿がそこにはあった。
また、えがおの樹はサロンに集まる高齢者を対象に、年に1度のバス旅行も企画している。
高齢になっても旅行に連れて行ってもらえるのは有り難いと、利用者さんの評判も上々で、団地で一人暮らしをする高齢者の何よりの楽しみになっているようだ。
サロンを立ち上げた当初は、市営住宅の中で「よそ者」として扱われることも少なくなく、苦労も多かったという。
だが、その中で、サロンに通い続けてくれた高齢者に対して、野田さんは感謝の気持ちを込めて言う。
「このサロンは、ここに集まる皆さんに作り上げてもらったもの。
できることなら皆さんが最期までここで暮らせるように、支援を続けていきたい。」
■団体概要 NPO法人えがおの樹
運営するコミュニティサロンには、主に一人暮らしの高齢者が集い、自治体とも共同して高齢者の問題解決に取り組み、地域の見守りにもつながっている。