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裕福は一つのステイタスで、大金を稼ぐ人たちがカッコよく見えた時代があった。
しかし、高い報酬を得ても、仕事の効率やスピードに振り回される働き方を続けていては、いずれ心身に不調をきたし、周囲の人間関係もギスギスしてくる。
ほおっておくと、いじめやパワハラ、うつ病など社会問題にもつながっていく。もっと自分らしくあるための生き方が、年齢を問わず、模索されている。
特定非営利活動法人スモールファーマーズ理事長の岩崎吉隆さんも、自身で起業したITベンチャーを経営しながら、自分の生き方に疑問を持っていた。
「お金がすべての生活を続け、虚無感に行き着いた。豊かな時間が過ごせないなら、何のために仕事をしているかわからない」。
農業と出会い「種をまいて芽が出るのを待つ。自然界ではあたり前の感覚が新鮮で、生き急いできた自分に気づかされた」と振り返る。
岩崎さんがIT産業から「農業」に舵を切ったのは2007年。初心者向けに体験農園を提供する会社「マイファーム」を立ち上げ、全国に約80か所の農園ができた。
そのうち顧客のなかには「体験ではなく、より本格的に取り組みたいという人」が増え、岩崎さん自身も、その必要性を感じるようになった。
岩崎さんは、マイファームの経営を他に譲り、2012年に、週末だけで本格的な野菜栽培が学べる農学校を創るため、NPO法人「スモールファーマーズ」を設立した。
メンバーは志を共有するマイファーム時代の仲間2人を加えて計3人。
岩崎さん以外は専任講師で、それぞれ座学・実技を受け持つ。営業、経営、広報やマーケティングは、岩崎さんが一手に担っている。
スモールファーマーズの理念は「農を通して自然の摂理に沿って生きる人をふやすこと」。
岩崎さんは「カルチャー教室でもない、担い手養成機関でもない。
自分がそうであったように、農をきっかけにして、人の価値観や生き方を変えることができたら」そんな想いでスタートした。
スモールファーマーズには、20代から70代まで老若男女で、新規就農、半農半X、移住、田舎暮らしといった農あるライフスタイルを目指す社会人(初心者からプロ農家まで)が集っている。1年コースだが、申し込み締め切りの1カ月前には、定員に達している。
人気の秘密は、どんなところにあるのだろうか。
まず、敷居が低い。仕事を続けながら、気軽に農業を試してみたい人に配慮し、月2回、週末だけの受講でいい。振替も自由だ。卒業後1年間は、コースの全授業を無償で再受講可。
事情でやめる場合も、条件があるが学費の返済が可。とくに好評なのは、同伴家族の無料制だ。農業を始めるには家族の理解が必要である。夫婦で参加する人も多い。
このように「始めやすく、続けやすいサービス」が数多く用意されている。
次に、知識や技術、体験が本格的である。実習(栽培技術)と座学(知識)の両輪で、講師の指導の下、ひとり約20㎡の自由に使える専用区画で年間40種類の野菜を栽培する。
1年を通して常時野菜を収穫できる力がつけば、卒業後の選択肢が広がる。
栽培方法は、自然の力を活かして地球環境に負荷をかけず、持続可能な有機栽培である。
「シンプルでベーシックなつくりかたを伝えたい。地元の有機物で野菜を育てるのが理想。例えば豆腐屋さんからもらったおからを肥料にする、そういう発想でいい」
また、農薬や化学肥料を使わない有機栽培では、トラブルは日常茶飯時だが、それもまた勉強だ。たとえ、病気が発生しても、根本のその病気が発生する仕組みや植物の生態を理解していれば、予防措置をとることができる。
「大切なのはどこに行っても通用する栽培の”原理原則”を習得し、自分で判断できる力を身に着けること」と岩崎さんは強調する。
そして、販売の知識と実践、販路の紹介など学んだあとのフォローがある。
スモールファーマーズでは、京都市内の飲食店と提携し、育てた野菜を受講生自らが販売できるマルシェを独自開催できる。1年間の授業を通して、販売できるレベルの野菜を育てられることがゴールであり、卒業発表となる。
このほか、農地を確保するための法的知識や業界慣習、農家との交渉、優良農地の見分け方など実践的な方法を伝え、独立起業に必要なスキルを提供している。
卒業後も、農地や農産物の販路の確保、研修先、移住先選びなど、個人では難しく時間もかかることを、関係機関や企業、農家をはじめ卒業生ネットワークを活用してサポートしている。
「適切な土地を探したり、行政の窓口に同伴し、農地の有無や受け入れ態勢を知ったりすることは、スモールファーマーズにとっても有力な情報になる」
近年、卒業生が週末に農家を手伝える「ファームキャンパス」のしくみもつくった。
「就農していく卒業生の畑が、新しい受講生の研修先になることもある。そんな風に広がっていったらいいなと思う」と岩崎さん。
スタートして約半年になる受講生に聞いてみた。京都南部のNさんは、両親が高齢のため、耕作放棄地になっている畑を生き返らせたいとの思いから入学。「失敗してもいい。自由にやれる。どうするかを自分達で考える姿勢が大切にされるのがいい」。
高槻市の会社員のKさんは、田舎暮らしに憧れ、自分が食べるものは自分で作りたくて始めた。同団体を選んだ理由は「理念がよかったから。今は、同期、先輩と交流するのが楽しい」と話す。
宇治に住むMご夫妻は「スモール、スロー、シンプルの理念に共感する。農業は新鮮な楽しみ。実際やってみるとねずみの被害さえも勉強になった。転勤族で、将来のことは今考え中」とのこと。
共通するのは、理念や方針に共感している点だ。実際、見学説明会に参加した人たちの7割が申し込むという。それもそのはず「説明会には、ホームページの内容を全部読んで同意してから来てくださいと伝えている。価値観が似ている人ばかりなのでみんな仲がいい」と岩崎さん。
受講生は卒業生含めこれまで300名を超えた。半年に一度、OBや受講生が集まるイベント「スモールファーマーズDAY」では全国から150人が集まってくる。
縦横のつながりの中で、情報交換したり、励まし合ったりできることもスモールファーマーズの大きな魅力となっている。
資金源についてみてみよう。事業収入が9割以上だ。その内訳は受講料。
岩崎さんは「助成金、補助金は基本的にいらない。事業として成り立たせることが大切」と話す。
それでもNPO法人の形態を選んだのは、社会的意義のある事業である点と、NPO法人の方が土地を借りる時に信頼度が高いからと話す。
資金源の残り1割は、摂津市の体験農園の委託や福祉法人への農園づくりの技術指導(京田辺)、米作りの体験指導(静原)、専門学校の講師などの収入である。
支出は、土地代と指導料がメイン。カリキュラムなどのソフトウェアは岩崎さん自身が制作しているので安価でおさえられる。
農業には課題が多い。また、可能性も大きい。それは全部ビジネスになると岩崎さんは言う。
「例えば、農作業の担い手がいない。だから作業を細分化して、リタイヤした人、主婦、限られた時間だけ働きたい人、障がいのある人などを束ねて、ジョブシェアリングすれば、多くの人が農業にふれられるし、農業がもっと気軽に、楽しくできるはず」と話す。
さらには教育分野の構想もある。「大学を卒業してから必ず1~2年、農業をする。いわば徴“農”制。“自分で食べ物をつくれる人”は経営者からも信頼され、就職時の好条件となる。TOEICよりもいいのでは?」。
やりたいことが多すぎるという岩崎さん。「いくらでも広げることはできるけれど、忙しくて、自分の畑をやる暇がなくなると、元の生き方に戻ってしまう。自分の食べ物を畑で作れる範囲内で、スモールな規模を維持しながら質を高めていきたい」と話した。
■団体概要 特定非営利活動法人スモールファーマーズ
宇治市の巨椋池干拓田の不耕作地に、農ある暮らしに関心のある社会人を対象として、自然の摂理に沿った本格的な農業が学べる「週末有機農業学校」を開設・運営。
農業を通して、人びとが価値観や生き方を変えて欲しいと願っている。