社会課題と市民活動内容

はじめに

 コロナ禍の行動制限により、観光やインバウンド需要を期待していた産業への打撃が甚大だ。そのあおりを受けて、さまざまな業種業態のひっ迫した状況の詳細が明らかになるのは、これからかもしれない。長い伝統と文化を築いてきた日本のお茶産業への影響も懸念される。大阪は太閤秀吉以来、茶文化の興隆に深くかかわり、茶の大消費地であった土地柄だ。近隣他府県には、煎茶、玉露、抹茶など宇治茶に代表される高品質な茶葉(製品)を生産してきた産地も多い。

 農産加工品としての茶や茶農家への関心は、私が鹿肉食の普及促進の事業をはじめた10年前にさかのぼる。山間部にある茶畑が鹿の食害にあい、農家が苦慮していると聞いたからだ。今回、お茶産業と茶農家の現状をさぐるとともに、大阪で102年の商いを営む茶葉販売店の取り組みを紹介する。

 

「日常茶飯事」な、お茶の行方

  この2、30年、私たちのライフスタイルが変化するなかで、お茶の飲み方が大きく変わってきた。一口にお茶といっても、日本茶には煎茶、玉露、ほうじ茶、玄米茶など豊富な種類があり、飲み方も急須で淹れるお茶、ティーバッグ、粉茶、ペットボトル茶、給茶機の茶などさまざまだ。傾向としては、手間をかけて急須で淹れるお茶が減り、手軽に購入して携帯できるペットボトル茶が普及・浸透している。

 茶葉はさまざまな製品に加工されるため、農家は取引先に合わせて生葉や荒茶(仕上げ前の一次加工茶)を生産する。同じ畑であっても、摘採時期を変えて品質や収量が異なる茶葉を作る場合もある。新茶を待ち望む「夏も近づく八十八夜…」は立春から88日目の新茶を摘む5月の季節を唄っており、おもに急須用の一番茶として出荷される。夏にむかって葉が大きめの二番茶、三番茶が摘まれ、四番茶・秋冬番茶はおもにペットボトル茶用に使用される。

 農林水産省の統計資料「令和2年産茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量」から、茶の栽培面積と荒茶生産量の推移(全国)を見てみよう。

 

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 茶の栽培面積は年々減っており、直近3年間では、平成30年産は4万1,500ha(前年比2.1%減)、令和元年産は4万600ha(2.1%減)、コロナの感染拡大が始まった令和2年は4万haを割り込み、3万9,100ha(3.7%減)となった。

 また、荒茶の生産量は、豊作だった平成30年産は8万6300t(5.3%増)、令和元年産8万1700t(5.3%減)に対し、令和2年は69,800t(14.6%減)と大幅減となった。

 令和3年の統計は、対象が全国ではなく主産県となったが、同省の「令和3年産一番茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量(主産県)」によると、「一番茶の荒茶生産量は前年産並み」とのことで、令和2年につづき下げ止まっている状況だ。

 

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 栽培面積の減少は、高齢化や後継者不足、傾斜地にある小規模な畑の機械化や効率化の限界などによる離農の現れと考えられるが、令和2年、3年の生産量の減少はコロナ禍による需要の減少に起因するところが大きいだろう。

 後に触れるが、同資料の表「普通せん茶の平均価格の推移」で注目したいことは、とくに一番茶の価格の下落が見られることと、四番茶・秋冬番茶の価格である。

 では、これらの茶葉から加工される緑茶飲料(おもにペットボトル茶)の需要の変化をみてみよう。

 一般社団法人全国清涼飲料連合会「清涼飲料水統計2021」ダイジェスト版から引用すると、「コロナ禍では、緊急事態宣言などによる外出自粛や飲食店の営業短縮で、消費者の飲用スタイルが変化。飲用場所は外出先やオフィスから家庭内での比重が増え、購買チャネルはコンビニエンスストアや自販機チャネルが落ち込み、ECでの購買が増えました。それらのことから、小型容器の製品が減り、大型製品の需要が高まりました」とあり、なかでも緑茶飲料の生産量については、「茶系飲料は、最大量の緑茶飲料は前年並み」だったという。

 ちなみに、緑茶飲料市場は4450億円規模(2019年度)で、市場を寡占している飲料各社は、コロナ禍であっても健康志向から緑茶飲料は成長を続けると見込んでいたという。飲料各社は、製造、卸から自動販売機、コンビニ、量販店、スーパーの小売まで、一貫した流通・販売システムを構築している。

 これらの統計の比較のように、全体の茶葉の生産量が落ち込む中でも、おもにペットボトルの緑茶飲料は前年並みの生産量だったため、生産量の全体の落ち込みは、急須用などの一番茶、二番茶、三番茶の生産量の減少によるものと明らかになった。

 一番茶等は、コロナ禍による観光旅館業、飲食店の営業自粛や、新茶関連イベント(一般向け・業界内)の中止、葬祭の自粛などで粗供養が減るなど、まともに大きな打撃を受けたと考えられる。また一部は緑茶飲料に置き換わったものもあるだろう。

 このような一番茶用と加工用茶葉の需要と供給のアンバランスは、将来、茶農家にとって厳しい現実になるかもしれない。先にふれたように、今後も、一番茶の需要減少や価格低下があり、栽培に同様の手間やコストがかかっても低価格帯の茶葉の需要が高まれば、一部の小規模な茶農家は経営を維持することが困難になることは必至だからだ。個性や多様性が尊重される一番茶と、規格化がもとめられる加工用は、そもそも求められる性質が異なる。価格面で折り合わなければ、ものづくりの心情としてもモチベーションの維持は難しいのではないだろうか。

 農林水産省や関係団体は、急須で淹れるお茶、リーフ茶の普及に力を注いでいる。小規模な統計ながら、若い世代にリーフ茶に関心を持つ人も増えてきたようだ。大阪市内にも日本茶カフェや、抹茶スタンドの出店し始めているのもその兆候だろう。

 そんな中、長年、大阪の商店街で商いを営み、知識や経験豊富なお茶専門店を訪ねた。

 

吉田園さんの三方よし

  大阪市東住吉区の南田辺本通商店街にある「お茶の吉田園」は、今年で創業102年の茶葉販売店である。三代目当主の吉田健次(72歳)さんに老舗のモットーを聞いてみた。

 「大切にしているのは、買い手よし、売り手よし、世間よしの三方よしですよ」。

 その精神と実直な商いで、お店は人柄そのままに温かみがあり居心地が良い。取材した日も、にこやかに常連さんに応対している。吉田さんは約半世紀前に、京都中京の茶店に丁稚奉公をして茶業の商いを学んだ最後の世代だそうだ。馴染みの農家などから仕入れた各地の茶葉が所せましと並び、品揃えは80種類に及ぶ。定番の煎茶、かぶせ茶、ほうじ茶、玄米茶、番茶、茎茶、玉露、抹茶のほか、専門店ならではのこだわりの商品も多い。若手農家さんのお茶、仕入れたままの荒茶や低カフェインの赤ちゃん番茶、玄米茶の素など、お茶好きの私は興味津々だ。吉田さんは、お客さんひとりひとりに好みや用途を尋ねて、希望に合ったお茶を薦め、美味しい淹れ方を伝授する。

 オリジナルの人気商品は厳選した京都府産茶葉を自家焙煎した茎ほうじ茶で、水出しができる。水筒に入れるだけで、ペットボトル茶より簡単で美味しく、しかも安上がりだというから驚きだ。

 日本茶インストラクターでもある吉田さんは、とくに若い人に様々なお茶の味を知ってもらう取り組みをしている。抹茶の点て方を体験してもらうと、若い人ほど、本物の抹茶の味の違いがわかるという。本物の抹茶とは、碾茶(てんちゃ)を茶臼で挽いたもの。抹茶と呼ばれるものの2割しかない。

 お茶に含まれる有効成分についての説明も欠かさない。リラックス効果のあるテアニン、抗酸化作用のあるカテキンなどの健康効果は、お客さんがもとめる有益な情報だからだ。まるごと栄養を摂取できる「食べるお茶」を、選りすぐった茶葉で推奨している。

 常連さんはお茶のファンであり、吉田さんのファンだ。一言二言でも会話を楽しみ、お茶のある生活を楽しんでいるのが伝わってくる。ファンづくりは、専門用語で「消費者教育」と言うそうだが、お茶の魅力を伝えながら、顧客や地域との繋がりを大切に、新しい消費者世代も育成している。

 大阪府茶業協同組合の名簿によると、20年前に大阪市内に97軒あった茶葉販売店は、令和2年現在、30軒にまで減っている。

 

吉田園様

 

 

つくる責任、つかう責任と、売る責任

  いま、持続可能な社会をつくるために、つくる責任とつかう責任が問われている。メーカーは「消費者のため」とコストパフォーマンスを追求し、限度を越えて業界を、生産現場を窮地においやっていないだろうか。つかう私たちは、無知を棚に上げて、自分さえ、その時さえ良ければ、「消費」するモノの背景に無頓着でいいのだろうか。

 商店街にある専門店の吉田園さんへのインタビューを経て、私はつくる責任とつかう責任に加えて、「売る責任」の重要性についても考えてみた。お茶の販売において「売る責任」とは何だろうか。茶葉は農産物であり、茶の種類や品種、産地や作り手によって多様な個性がある。茶農家から適正に仕入れ、お客さんがもとめるものを販売して喜んでもらう。ひいてはそれが、私たちの暮らしを豊かにし、人々の交流、産地や産業の活力にも繋がる。業界や社会にとっての役割も商いも担って「売る責任」を果たす店側と買い支える消費者の双方向の関係は、世間よし、となる。

 吉田園さんのように三方よしの精神の商いが、どのような形でも増えていけば、当然のことであるが、茶農家とともにある産業として、その持続可能性が高まり、日本の大切なお茶とその文化を失わずにすむのではないかと期待をつなぐ。

 

結びにかえて

 吉田園さんは、師走になると新年の縁起物、大福茶(おおぶくちゃ)の生産に忙しい。大福茶は、昆布と梅干をいれて飲むお茶で、新年に無病息災と幸せを願っていただく縁起物だ。吉田園さんが大切にしている新春を寿ぐお茶は、日本の歳時記の一部でもある。

 

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 いま、時代の価値観が見直されている。あなたも近くの茶葉販売店で、大福茶や新年のお茶をもとめてみてはいかがだろうか。

 取材・記事作成:市民ライター 林 真理

 

【参考文献・資料】

農林水産省 統計情報「令和2年産茶の摘採面積、生葉収穫量及び荒茶生産量」

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kome/kougei/r2/cha/index.html

 

一般社団法人全国清涼飲料連合会「清涼飲料水統計2021」ダイジェスト版

http://www.j-sda.or.jp/images_j/stories/con05_about_jsda/2021jsda_databook.pdf

 

全国茶生産団体連合会 全国茶生産府県農協連連絡協議会「茶ガイド」

https://www.zennoh.or.jp/bu/nousan/tea/

 

「茶をめぐる状況変化と小規模生産者の経営対応」加納昌彦、納口るり子 『農業経営研究』 56巻(2019)4号 P.77-82

https://www.jstage.jst.go.jp/article/fmsj/56/4/56_77/_article/-char/ja/

 

農林水産省大臣官房統計部「農林水産統計(令和3年2月26日)」 

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=dataset&toukei=00500250&kikan=00500&stat_infid=000032059570

 

大阪府茶業協同組合HP

http://www.osaka-cha-kumiai.sakura.ne.jp/