社会課題と市民活動内容

大阪は夜間中学「先進地」?

 

「夜間中学 」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 

戦後の混乱期、生活困窮などの事情で昼間は 学校に通うことができなかった人たちのため

に、公立中学校の二部授業という形で、夕方や夜間 に授業が受けられるようにしたのが 夜間中学の始まりだ。昭和30(1955)年ごろのピーク時には全国で80校を超えたが、時代の移り変わりとともに減少し 、現在は12 都府県36 校が設置されている。このほか、学校としての認可はないが、ボランティアなどで運営されている自主夜間中学もある。

 

戦後75 年以上経ったいま、 公立の夜間中学の新設が再び増えている 。平成 28(2016) 年に制定された教育機会均等法を機に、文部科学省は各都道府県・指定都市に1 校以上の設置を促進している。令和元(2019)年以降、関東や四国で新たに5校が開設され、今年4 月には北海道や福岡県等がこれに加わる予定だ。来年度以降の新設決定、もしくは設置検討 中の自治体もある。

 

 

 

この全国の公立夜間中学のうち、11校が大阪府内にあり、東京都の8校よりも多い全国トップの設置数であることは、あまり知られていないのではないだろうか。そもそも全国初の夜間中学は、 昭和22(1947)年に大阪で始まった「夕間学級」とも言われている。さらに、戦後の経済復興を経て昭和41(1966)年に行政管理庁(現総務省)から「夜間中学廃止勧告」が出されると、卒業生や教員が中心となって夜間中学の必要性を訴える草の根の運動が起き、当時の大阪ではこの動きがテレビ番組や新聞で大きく紹介された。その後、昭和44(1969)年に大阪で公立夜間中学が新設され、全国各地の増設に影響を与えたとされている。

そのような経緯から、ある意味「 先進地 」とも言える大阪で夜間中学の現状や環境変化をあらためて取材し、そこから見えてくる現代の社会課題と、私たち市民との関わりについて考えたい 。

 

多世代が集う学びの場

 

大阪府の北摂地域にある豊中市立第四中学校夜間学級(以下、 豊中 四中夜間学級)は、北摂地域唯一の公立夜間中学として、市内外、府外からも生徒が通学している。

夜間中学の授業は月曜から金曜まで毎日行われる。カリキュラムは各学校によって異なるが、豊中四中夜間学級では1限目は17時40分に始まる。授業時間は40分で、給食の時間を途中にはさみ、4 限目が21時に終わる。国語、数学、理科、社会、英語に加え、保健体育、音楽、美術、技術家庭、道徳・特活、書写やパソコンなども学ぶ。このほか 学校行事として、防災訓練や 総合学習発表会、 学習旅行、運動会などがある。

取材当日は、 美術や理科等の授業を通して生徒が製作した作品を展示する「校内作品展」が開かれており、押し花や書画 が多目的教室に並んでいた 。このほか、豊中市内の図書館や公民館等を会場にした「校外作品展」もある。コロナ以前は近畿の夜間中学 合同 で「連合作品展」も行われていたが、感染拡大で取り止めになってしまった。これらの作品展は、学びの達成感を確認できる機会であるのと同時に、夜間中学同士、あるいは地域住民との交流の場にもなっているという。コロナ禍とはいえ、その一つが 失われてしまったのは残念だ。

 

 

校内作品展に書画を出展していた85歳のAさんは、神戸生まれの、朝鮮半島にルーツを持つ女性だ 。5人きょうだいの末っ子だったAさんは、いったん日本の小学校に入学したが、労務動員された兄に連れられ各地を転々とし、終戦を和歌山で迎えた。焼け野原となった神戸に戻り、レンガのケレン処理等の仕事に従事、当時はほとんど学校に通うことができなかった。その後、20 歳で結婚、仕事をしながら6人の子を育てる。 夜間中学に「申込みの締め切り日に飛び込んだ」のは平成26(2014)年、夫を見送って半年後のことだった。「昔から、勉強したい、したいって、その気持ちはずっと持っていた。 この学校にご縁をいただいてから、自分が生き返りました。ここへ来るのが本当に楽しみで。先生方もみんな優しいし 。ねぇ、 優しいよね」 。

Aさんの問いかけに、「僕はまだ入って半年やからわからんけど 」と 、隣にいた男性が笑いながら答える。今年の春に 21 歳を迎えるというBさんは、幼い頃に両親が 離婚し てから、母親とふたりで暮らしてきた。母親が、ギャンブル依存や詐欺被害に遭いやすい傾向があり、さらに持病で救急搬送されることが 何度かあったため、Bさんは中学 1 年で児童養護施設に入所し、そこから特別支援学校の高等部まで通った。経験ゼロだったがサッカー部に所属し、高校2年でようやく試合に出られるようになるが、 その翌年、髄膜腫という病がBさんを襲う(※1)。当初は車椅子での生活を余儀なくされ、入退院を2年半繰り返した。実家に戻ったBさんは、病気の再発リスクを抱えながら夜間中学に入学した(※2)。

 

Bさんのように、一度は中学校を卒業した人 が公立の 夜間中学に入学できるようになったのは平成27(2015)年以降のこと。形式的には卒業しているが不登校等で充分な教育を受けられなかった人、虐待や無戸籍等の事情により義務教育課程において未就学期間が生じている人たちの実態 が国の調査で明らかになり、既卒者も公立の夜間中学で学び直しができるよう、文部科学省が 明確に方針を打ち出した。それ以前は、自主夜間学校や民間の識字教室等が受け皿となっていたという。

この数年、家族の介護などをしている子どもたち、いわゆる「ヤングケアラー」の問題が 社会的に認知され、メディア等でも取り上げられるようになった。令和 2(2020)年度、国 が中高生を対象に行った調査 によると、中学生の17人に1人がヤングケアラーの状態にあり、介護などを始めた年齢の平均は小学生にあたる9.9歳という結果が報告されている。 母親を精神的に支えてきたBさんも、ヤングケアラーの1 人と言えるだろう。国や自治体の総合的な支援策も始まっているが、その 一つとして、夜間中学の役割もますます大きく なっていくことは想像に難くない。

 

 

「外国人材」活用のはざまで

 

校内作品展に続いて、国語の授業を見学させてもらった。日本語の理解度別に4段階に分かれており、基礎から学ぶAクラス、Bクラスでは外国籍生徒の姿が目立つ。豊中四中夜間学級では現在、全体の約半分にあたる31 人の外国籍生徒が学んでいるが、授業には教員のほか日本語指導支援員が入り、細やかな対応が行われていた。

 

 

19歳の女性、Cさんは、人手不足が著しい外食産業を「外国人材」として支える父親と共に、2年前にネパールから来日した。ネパールで中学を卒業しているが、昼間は清掃のアルバイトをしながらに夜間中学に通っている(※3)。日本語は日本に来てから初めて学んだ。「最初はコミュニケーションが全然できなかった。今は、服を買う時に『サイズありますか?』とか、聞けるようになりました。嬉しいです」。

 

Cさんのように「外国人材」の家族として日本に暮らす人たちは、在留資格の就労条件や言葉の壁によって働き口が限られてしまう。夜間中学に通う外国籍生徒の中には、在留資格を変更してより安定した職に就くため、日本の高校卒業を目指す人もいる。厚生労働省の統計によると、令和3(2021)年10月末時点の外国人労働者数は約173万人、都道府県別の状況を見ると大阪府は東京、愛知に次いで全国3位。その多くが、人手不足に悩む製造業や建設業等で欠かせない働き手となっている。人口減少・少子高齢化が進む日本で、国が掲げる「共生社会実現」を縁の下で支えているのが、夜間中学と言えるのではないだろうか。

 

学ぶことで人が変わり、社会が変わる

 

国語のCクラスで学ぶDさんは、豊中市外から通う52歳の男性。実家はクリーニング店を営んでおり、子どものころから家業の手伝いをしてきた。クタクタになって朝は起きられず学校にはいつも遅刻。登校しても、午後になると親から学校に電話が入り、帰宅して手伝うよう言われた。中学の3年間は勉強に全くついていけず、定時制高校に通ったが中退。クリーニング業界にオートメーション化の波が押し寄せると店の経営は厳しくなり、肉体労働を転々とし身体を壊してしまう。手術、リハビリをすることになったタイミングで、もう一度学び直したいと地元の役所に相談したところ、夜間中学を勧められた。

72歳の男性Eさんも市外から通っている。兄とふたり父子家庭で育ち、中学を卒業してすぐ住み込みとして和食料理店で働き始めた。以来、半世紀以上を料理人として生きてきたが、引退をきっかけに第二の人生を考えたとき、新聞記事で目にしたことがある夜間中学のことが頭に浮かんだ。「この歳で今さら」という恥ずかしさもあったが、悩んだ末、家族の言葉にも背中を押され、夜間中学の門をたたいた。

Dさん、Eさんのお話で印象的だったのは、学ぶことがきっかけとなって、社会のさまざまな出来事に関心を持ち、行動や暮らしぶりが変わっていく姿だ。「勉強することで、今まで、40年間ずっとわからずに過ごしてきたことが理論的に理解できるようになって、好奇心がものすごく揺さぶられる」とDさんは言う。学習旅行で天文台を訪れ、星のことをもっと知りたいと思うようになり、望遠鏡を購入したと教えてくれた。Eさんも、以前は聞き流していたテレビのニュースを、身を乗り出してじっくり聞くようになったそうだ。「例えばセクシャルマイノリティのこととかね、話題になっている社会問題も、もっと深く知ろうという気になりますよね」。お二人の言葉に、学ぶ機会を保障されることが、その人の人生に与える影響の大きさを実感した。

 

誰ひとり取り残さない学びのセーフティネット

 

子ども時代の学びの環境には、家庭の事情や社会情勢が色濃く反映される。夜間中学に通う人たちの来歴をうかがうと、一人ひとりの歩んできた人生の長さは違っても、教育問題にとどまらない福祉、労働、社会保障など、現代日本の構造的な課題が見えてくる。

令和2(2020)年度の国の調査で、小中学校における長期欠席者の数は28万7,747人、そのうち不登校の児童生徒数は19万6,127人に及び過去最多となることが明らかになった。民間の調査では、学校には行くが保健室で過ごす等、いわゆる「隠れ不登校」の問題も指摘されている。公設の教育支援センターや民間フリースクールがその受け皿を担っているが、対象年齢や費用負担の点から、全てのケースに対応するには限界があるのも事実だ。

夜間中学は、いくつになっても学び直しができる。年齢や背景、国籍を超えて、学習機会を保障するセーフティネットの、さらにセーフティネットになっているのが夜間中学と言えるだろう。社会の「豊かさ」について考えたとき、こういった安全網が幾重にも張りめぐらされていることが、真の「豊かさ」ではないかと私は思う。

日本も先進国として取り組んでいる国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」では、「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供」することを掲げている。夜間中学が地域に不可欠な資源であると市民一人ひとりが認識し、その経験を大阪から全国に発信していくことが、「誰ひとり取り残さない(No one will be left behind)」社会の構築につながっていくのではないだろうか。

 

市民ライター:入江陽子

 

【参考】

文部科学省:夜間中学の設置促進・充実について

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/yakan/index.htm

 

文部科学省:義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1380956.htm

 

文部科学省:義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の対応に関する考え方について(通知)

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1361951.htm

 

厚生労働省:ヤングケアラーについて

https://www.mhlw.go.jp/young-carer/

 

文部科学省・厚生労働省:ヤングケアラーの実態に関する調査研究について

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/mext_01458.html

法務省:令和3年6月末現在における在留外国人数について

 

法務省:令和3年6月末現在における在留外国人数について

https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00017.html

 

厚生労働省:「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和3年10月末現在)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23495.html

 

文部科学省:児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm

 

日本財団:不登校傾向にある子どもの実態調査

https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/information/2018/20181212-6917.html

 

首相官邸:持続可能な開発目標推進本部(SDGs)

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/index.html

 

『実態を知り、拡げよう!全国夜間中学ガイド』学びリンク編集部学びリンク2016年

 

『戦後夜間中学校の歴史学齢超過者の教育を受ける権利をめぐって』大多和雅絵六花出版2017年

 

『さまよえる大都市・大阪-「都心回帰」とコミュニティ―』鰺坂学・西村雄郎・丸山真央・徳田剛東信堂2019年