社会課題と市民活動内容
ヘアドネーション(髪の寄付)の活動が広がり、多くの人に知られるようになりました(※1)。ヘアドネーションに取り組む団体や協力する美容院も増え、女性だけでなく男性や、小学生がドナーとして参加することもあります。ヘアドネーションを日本で最初に始めたのは、大阪市北区のNPO法人Japan Hair Donation & Charity(以下「ジャーダック」という)。代表の渡辺貴一さんに、ヘアドネーションの活動を通して見えてきた課題や今後の展望をお聞きしました。
―ヘアドネーションを始めたきっかけは?
90年代の終わり頃、ヘアカラーリストとしての技術を磨くためニューヨークで働いていた時、「良いことをしている」という気負いもなく、人々が寄付をしたり、寄付を受けとったりする姿を毎日のように目にしました。多様な人がまるで呼吸するかのように寄付を循環させている社会の価値観に触発されました。
帰国後、「美容師として髪で仕事をさせてもらっているのだから、髪で社会に恩返しがしたい。髪をごみとして捨てるのでなく、価値あるものとしてアップサイクルできれば」という思いからヘアドネーションの活動を始めました。 当時は何のノウハウもなく、ゼロからのスタートだったので、1つ目のウィッグが完成するまでは試行錯誤の連続でした。受けとってくれる人を探すのがいちばん大変でしたが、子ども向けのウィッグの選択肢が少ないことがわかり、子どもたちに医療用ウィッグを無償提供しています。
―ニッチなターゲットに絞ったところがNPOらしいです。
ウィッグを申し込むのは小児がんの子どもたちと思っている人が多いのですが、ジャーダックのウィッグのレシピエント(受取人)は6、7割が脱毛症や無毛症の子どもたちです。脱毛症や無毛症の子どもはがん患者のように治療期間だけでなく、常にウィッグが必要ですが、セミオーダーのウィッグは30〜40万円と高価で、手頃な既製品にはおしゃれなものがありませんでした。無毛症や脱毛症の当事者は声をあげにくいこともあって実態がつかめず、企業が商品化しづらかったのかもしれません。
ジャーダックは18歳以下の希望者にウィッグを無償提供しています。今はヘアドネーションに取り組む団体も増え、ウィッグを必要とする人がいることが知られるようになったことも影響しているのか、子ども向けの商品が増えてきたように思います。
◆ヘアドネーションを受け付けている団体
※クリックすると各団体のサイトが開きます。
※下記の他にも、一般社団法人ウィッグドネーションDa-re、企業の社会貢献として取り組むリトルウィングワークス、愛のチャリティ、天使ウィッグプロジェクトなど、ウィッグを提供する団体が増えている。
―ヘアドネーション以外に、寄付や資金面での支援も募集しておられますね。
一人ひとりの頭の形や大きさ、好みにあわせてウィッグをつくるためには30
〜50人分の髪が必要で、1つのウィッグの提供に15万円以上かかりますので、寄付を募っています。
ヘアドネーションは年々増えていますが、提供費用が確保できないとウィッグの製作数をこれ以上増やすのは難しく、ジャーダックが対応できるのは1年に150体くらいが限界です。一方でウィッグの申込はほぼ毎日、年に300件くらい寄せられており、2022年7月現在の待機者は232人です。
有り難いことに助成や寄付は増えています。個人の寄付が中心で、夫婦で美容室を経営していた方、孫を小児がんで亡くした方などから高額の寄付をいただくこともあります。2020年にはシャンプーやタオルなど企業とコラボレーションしたアイテムを扱う返礼品付き募金のチャリティファンディングも立ち上げました。
しかし、当事者の声や課題にふれていると、「ウィッグを贈るだけで良いのだろうか?」と考えることもあります。
―「ヘアドネーションだけでは解決しないこと」があるのですか。
はい。たとえば無毛症は先天的な病気で治療法も確立されておらず、患者数もはっきりわかっていません。また、がんの診断を受ける子どもたちは、毎年2000〜2500人と言われています※2。ジャーダックからウィッグを渡せる当事者は、ほんの一握りです※3。
それから、レシピエントから「ウィッグがあることで性格が明るくなった」「おしゃれをするようになった」と喜びの声をいただきますが、一方で「ウィッグが重いから、家に帰ればすぐに外す」という声があるのも事実。特に人毛のウィッグは人工毛に比べて重い、暑いといったデメリットもあります。「見た目」を気にする社会の側の「見る目」が変わることが必要です。
―コロナ禍でのご苦労もあったと思います。
これまで通り活動ができないのも困りましたが、コロナ禍でたいへんな思いをしている人がいる中でこの活動を続けていていいのかと悩みました。しかし、「頑張ってください」というメッセージが、経験したことがないくらいたくさん、次々に届き、その声に励まされています。
「ウィッグを使っても使わなくてもどちらでもいい、自由に選択できる社会」になればいいのですが、今は過渡期です。ウィッグを必要とする人がいる以上、活動の軸はウィッグを届けることです。
活動のほとんどをボランティアや寄付などに頼っている現状では、安定した運営が難しいのが正直なところですが、ジャーダックに限らずNPOや市民活動を行う団体の知見やノウハウは、社会課題を解決するための情報の宝庫でもあります。お互いにうまく知恵を共有して、より良い形で運営できればいいなと思っています。
2人に1人ががんになる時代、髪の問題はいつ自分や家族に起こってもおかしくないのですが、自分には起こらない他人事と捉えている人が多い気がします。「困っている誰かのために何か良いことをする」のではなく、「これから先、子どもたちが髪や見た目の問題で困ったり、悩んだりしないですむ社会にするにはどうすればいいか?」を想像してほしい。そんな思いから、プライバシーに配慮しつつ当事者の声、ウィッグを受け取るレシピエントの抱えている問題を伝えています。
※1 2020年に株式会社アデランスが行った全国調査によると、ヘアドネーションを知っている人は5割を超えており、西日本で認知度が高い傾向がある。
※2 国立研究開発法人国立がん研究センターのサイトがん情報サービス参照
※3 助成一覧を紹介するジャーダックのwebサイト
★タイトル画像のコラージュに使用したイラスト、髪束の写真、チャリティファンディングの商品例はジャーダックのwebサイトから許可を得て掲載したものです。
<取材を終えて>
5年以上伸ばした髪を渡辺さんのサロンでカットしてもらい、ヘアドネーション。取材を通して、「髪がなくてもいい、ウィッグをつけてもつけなくてもいい」社会をめざしておられることがわかりました。いつかその活動でもご一緒できたらなぁと思います。(TY)