社会課題と市民活動内容

平均寿命と健康寿命

平均寿命とは「0歳における平均余命」のことで、2019(令和元)年の平均寿命は男性81.41歳、女性87.45歳です。一方、健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことをいい、2019(令和元)年の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳となっています。2001(平成13)年から男性の方が女性より健康寿命は延伸しており、男女差も若干縮小しています。

国民一人ひとりが健やかで心豊かに生活できる活力ある社会を実現し、社会保障制度を持続可能なものとするためには、健康寿命を延伸させて、かつ平均寿命と健康寿命の差を縮めることが必要です。

この健康寿命の延伸をテーマとした活動をお寺で取組んでいる、幸教寺の住職を中心とした「100歳まで歩いて通えるお寺プロジェクト」の取組みを寄稿していただきました。

 

従来のお寺の役割とは

古来より、お寺はその地域における信仰と実践の場所だけではなく、寺子屋としての学びの場、悩み相談の場、地域の集会場など、様々な機能を果たしてきました。つまり、かつてのお寺は「老若男女を問わずその地域の誰もが自由に使えるコミュニティの場」だったのです。しかし、今日のまちのお寺を考えたとき、地域の方のお寺像は従来のお寺とはかけ離れたものになりつつあります。実際に、拙寺へこられた地域の方19名を対象にアンケート調査を行ったところ、「まちのお寺」のイメージは、お葬式が最も多く34.4%、次いで法事が31.4%でした。つまり、地域住民にとってのお寺は儀式、儀礼のための場所であり、檀信徒に限定された閉鎖的なコミュニティであることがわかりました。非常に残念な結果でしたが、これからのお寺のあり方について考えさせられるよい機会でした。

従来のお寺は地域のコミュニティの場でしたが、それ以外にも社会的役割を担っていました。それは仏教伝来当初聖徳太子の時代にまで遡ります。太子が建立した四天王寺は、四箇院とよばれる「敬田院」「施薬院」「療病院」「悲田院」の施設をつくりました。各院について説明しますと、敬田院は僧侶の修行道場。施薬院は薬と食事を施す施設。療病院は病気の治療をする施設。悲田院は高齢者や障害者、身寄りのない人を養う施設。四箇院のうち、三つの施設は現代でいうところの病院や社会福祉と言えるのではないでしょうか。このように、従来のお寺の役割や歴史的背景を探り、現代社会の問題解決を目的とした取り組みを考え始めました。

 

健康寿命の延伸をテーマとしたお寺

従来のお寺は地域のコミュニティの場であったという点、四天王寺四箇院にみる仏教伝来当初のお寺のあり方という点から、拙寺では「健康寿命の延伸」をテーマに活動を開始しました。超高齢化社会が懸念されている現代の日本において大変重要なテーマです。医療の発達によって平均寿命は延びつつあり、「人生100年時代」とも言われるようになりました。このことから、「健康寿命の延伸」は老若男女を問わず全ての人々にとって関わりのある普遍的テーマです。この活動は、医療費や介護給付費を抑制し、社会保障負担の軽減に資するとの期待もあり、近年様々な団体が活動していますが、それをあえてお寺ですることに意義を感じています。それは、医療従事者では扱いづらいテーマが1つあるからです。ご存知の通り、世界保健機関(WHO)の健康の定義は「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」。拙寺で「健康寿命の延伸」をテーマに活動することによって、肉体的側面に加えて、精神的側面も補完できるのではないかと考えています。ココロとカラダが健康になり、健康になることによって今この瞬間の自分を大切にできる状態(Well-being)を維持し、その結果、生まれた心の余裕を他者へお裾分けできる場所(お寺)づくりです。その為には檀信徒限定のコミュニティではなく、それ以外の地域の方も含めた共有地(コモンズ)であるよう環境を整備しました。

 

100歳まで歩いて通えるお寺プロジェクト

2021年4月より活動を開始した100歳まで歩いて通えるお寺プロジェクト(以下、100PJ)は、先述した健康寿命の延伸をテーマとした取り組みです。2023年9月現在(執筆時)主要メンバーは3名。大阪野崎徳洲会病院理学療法士板矢悠佑氏、大阪産業大学スポーツ健康学科助手嶋田愛氏、そして筆者です。

100PJとして、3つの活動を紹介します。

 

1.ココカラ相談所

板矢氏協力のもと、2021年4月より毎月1回健康相談所「ココカラ相談所」を本堂にて開催しています。

目的は運動指導ですが、できる限り雑談やお茶をしながら来寺された方の生活習慣をお聞きします。カルテを見ながらではなく、雑談の中から問題解決へのヒントを導き出し、板矢氏指導の下、適切な運動を処方します。足の悪い方へは、なぜ足が悪いのか?施術をしたか?毎日何歩歩いているのか?家族は何人か?など時にはプライベートな内容まで少し踏み込むこともあります。そのような雑談だけではなく、他にも歩くことの重要性を伝えるお話、筋力測定、まち歩きなども行っています。

まず、歩くことの重要性は3点を科学的根拠に基づいてお伝えしています。

・1日に8,000歩以上歩く人は長生きする。

・歩くことで動脈硬化を抑制する。

・正しく歩くために必要な3つの要素(バランス・柔軟性・筋力)。

これらを理解していただいたのち、実際に自分自身がどの程度筋力があるのか?ということを測定します。この筋力測定により「自分のどこがよいのか?悪いのか?」がわかります。つまり、自分自身で体の問題点が浮き彫りになるわけです。お悩み相談は、測定などをする前からある程度ご本人がよくわかっているケースも多いですが、測定によるデータと理学療法士の視点からより明確になります。そして、自分の体のことをよく理解していただいたうえで問題となる部位などをストレッチ或いは鍛える方法を、みんなで実践します。

この方法について、「きつそう」「難しそう」というご意見もありますが、自宅にあるもので簡単にできる方法ばかりです。実際に参加していただいた膝に問題のある80代の女性でも、椅子を使いながら出来ました。

このように、歩くこと(運動)の重要性を学んで理解し、測定によって自分の体の状態を知り、問題解決に向けたストレッチやヨガ、トレーニングをする。そして、最後に改めて歩くことの重要性を知っていただいたうえで、「外へ歩きに行こう」ということをしています。そうすることによって、”まちの新たな発見を楽しむ”と”歩くことを楽しむ”という二重の楽しむ効果が得られます。以上、「ココカラ相談所」ではこのような活動をしております。

 

2.ココカラYOGA

ココカラ相談所とは別に、月二回ストレッチYOGAを本堂で開催しています。こちらの担当は嶋田愛氏で、彼女も大阪産業大学で運動指導などを行っています。主に相談所に来られた方がその後、きちんと運動習慣を実践されているかどうか?また、一人ではなかなか運動できないという方に向けて、コミュニティ形成の活動をしています。

内容は1コマ45分間のストレッチを中心としたYOGAですが、参加者の人数や年齢によってプログラムを変更しています。終了後は、ココカラ相談所と同じような形でお茶などをしながら雑談をしています。

 

3.まちの保健室

2022年3月より、大阪府看護協会主催の「まちの保健室」を毎月第一月曜日本堂にて開催しています。

内容的にはココカラ相談所の診察よりも充実していて、血圧・体脂肪・握力測定、生活習慣病・介護予防相談、看護・介護相談など多岐にわたります。上記2つの活動と相互補助の関係を形成し、より健康面に意識を向けてもらえるのではないかと思います。この活動が実を結び、大学院生から修士論文作成の取材や、講演会へのご依頼もありました。メディアに取り上げていただくことによって、社会的関心を向けていただけるチャンスだと非常に嬉しく思います。

 

100PJとして3つの活動をご紹介しましたが、活動するうえで心がけていることがあります。それはお互い必要以上に凝り固まらないことです。おしゃべり(悩み相談)をしに来るだけでもいいし、測定するだけでもいい。何なら本堂にいるだけでもいい。参加を強制しないところが特徴でもあります。また、私たちスタッフも私服ですし、身構えてスケジュール通りに遂行するということもありません。”気軽に行こう”それがモットーです。だってここはお寺(共有地)なのですから。

 

文:幸教寺 住職 石原政洋

 

引用文献

日本WHO協会HP

https://japan-who.or.jp/about/who-what/identification-health/

 

大阪府看護協会HP

http://www.osaka-kangokyokai.or.jp/CMS/00026.html

 

厚生労働省 令和元年簡易生命表の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life19/dl/life19-14.pdf

 

厚生労働省 健康寿命の令和元年値について

https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000872952.pdf