社会課題と市民活動内容
警視庁の統計によると、国内では毎年20,000人以上の方が自殺により命を落としています。年間自殺者数は、ピーク時の平成15年からは減少傾向にありましたが、ここ数年再び増加の傾向にあるようです。さらにはその何倍もの、今まさに自殺をしたいほどの悩みを持たれている方々がおられるのではないでしょうか。その原因は様々だと思いますが、深刻な社会課題です。
今回は、そんな「自殺をしたい」方と向き合い、寄り添われる活動をされている、「認定NPO法人国際ビフレンダーズ大阪自殺防止センター」理事長の北條達人さんに、活動の内容についてご寄稿いただきました。
鳴り止まない電話
国際ビフレンダーズ大阪自殺防止センターの電話相談の窓口には、ひと月で約1万件を超える着信があります。電話ブースの受話器のコール音は相談時間の終了時刻までほぼ鳴り止むことがありません。約1万件の着信のうち、実際に相談員が電話を受けることができるのはたったの500件弱です。つまりせっかくお電話いただいても、そのほとんどが繋がらないという状況です。たくさんの方が「死にたい」という気持ちをありのまま話せる場所や相手を求めています。
2023年の年間自殺者数は21,837人だったと報道がありました。単純な比較はできませんが、交通事故で亡くなられる方は年間2,500人前後だと言われていますので、事故で亡くなられる方の約8倍の方が自殺しているという現状を考えると、この社会の自殺の状況がいかに深刻なのか浮き彫りになってくると思います。特に若者の自殺は増加の一途を辿り、小中高校生の自殺は22年が514人で統計を取り始めて過去最多であり、23年もそれに次ぐ513人で危険な状況にあります。さらに言うと、年間2万人を超える方が自殺されているということは、自死遺族として遺された方がその何倍もいるということです。自殺の問題は、この社会において実は非常に身近な問題だと言えるかもしれません。
しかしながら、実際のところ自殺を身近な問題と捉える人はあまり多くないように感じます。統計的にはたくさんの人が自殺しているのは分かったが自分の周りにはそのような人はいなかった、という声をよく耳にします。悩んでいる人の多くは、たとえ「死にたい」という気持ちを抱えていても、なかなかその苦しみを周囲に打ち明けられない現状があります。「心配をかけたくない」「死にたい気持ちになっている自分のことを周りはどう思うのだろう?」など、打ち明けることによってその後の人間関係に影響があるのではと考えてしまい、相談できなくなってしまいます。そのため、周囲に悩んでいる人がいないというより、周囲に悩んでいる人がいても気付けない、と考えるのが現実的かもしれません。
周囲の人に相談できない状況ならば、専門家など相談できる場所が必要となるはずです。ただ、全国各地に自殺に関する相談窓口はありますが、あまりに相談件数が多くどの窓口もパンクしているのが現状です。医療の現場においても同様の傾向が見られ、精神科や心療内科の予約を取ろうとしても、新規の受付を断っているところがたくさんあります。公的な窓口も民間の窓口も、あるいは医療であっても、どこも窓口が逼迫していて、「死にたい」気持ちを抱えている人たちがどこにも繋がることができず、誰にも話すことができずに苦しんでいます。
誰もがありのまま「死にたい」と語れる社会を目指して
国際ビフレンダーズ大阪自殺防止センターでは、誰もが「死にたい」気持ちをありのまま語れる場所として、1978年より活動を続けてきました。電話相談だけでなく、チャットによる相談も受け付けていて、2000年からは、自死で大切な方をうしなった人のためのわかちあいの会の運営もはじめました。また、2023年からは繋がらない窓口への対策として、ネット掲示板を立ち上げ、「自殺についての思い」と「大切な方をうしなった思い」を24時間投稿できる仕組みを作りました。啓発活動にも取り組み、自殺の現状や周囲の人の悩みへのよりそい方などをテーマに講演することで、悩んでいる人が自身の苦しみをありのまま打ち明けやすい社会に変えていきたいと考えています。
私たちは、これまでたくさんの人の「死にたい」という気持ちを受け止めてきましたが、それはただの感情ではなく、その人の積み重なった人生の苦しみが表れているように感じます。どれほどの苦しさを味わい、どれほど多くを失い、怒りや悲しみ、悔しさや孤独に耐えてきたのか、それらの感情が「死にたい」という言葉の背景にあります。ゆえに、「死にたい」という気持ちをありのまま受け止めることは、その人の人生そのものを受け止めることでもあり、相談される方と心が通じ合う瞬間でもあります。そんなやり取りの中、「魂が救われたような気がする」と思いをこぼされた相談者もいました。そのため、ビフレンダーズの相談員はただ傾聴して話を聴くだけではなく、人生を受け止めるような覚悟で相談者の声に向き合ってきました。誰もがありのまま「死にたい」と語れる場所は、誰もがありのまま「生きられる」場所なのかもしれません。そんな場所になれるようビフレンダーズは活動してきました。
他者理解の入口は自己理解にある
ビフレンダーズで相談員としてボランティアをするためには、全10回の講座を受講していただく必要があります。講座を修了した後も一年ほど実習期間があり、そうしてようやく認定相談員として活動できます。講座も3万円の受講料をいただいていて、他のボランティアに比べて活動するためには時間やお金の負担が大きいかもしれません。
しかし、誰かの心によりそう活動、ましてや「死にたい」という気持ちによりそう活動は、何の準備もなく始められるものではないと思います。場合によっては、受け手となる相談員の心が揺さぶられるなど危険な状況も考えられます。相談活動を行うためには相手の気持ちを受け止める心構えと、いざという時に相談できるよう共に活動する仲間に対する信頼関係の構築が必須となります。
他者理解をするにあたって、まずは自身の心としっかり向き合うことが重要となります。誰かの感情と向き合う時に、自身の心にも様々な感情が湧き起こってきます。そのような時に混乱せずに自身の感情を受け止めながらも他者理解に努めることができるのは、日頃から自己理解に努めているからではないでしょうか。そして、自己理解のためには周囲のサポートが必要です。自身の感情を打ち明け、それを周囲から受け止められるという経験を繰り返した後に、はじめて相手の気持ちを受け止めることができるようになるのではないかと考えています。
ゆえに、相談ボランティアになるためには講座や実習の受講が条件となり、そのため時間やお金の負担は大きくなりますが、そのぶん自身の心を振り返る大きな機会になり得ると思います。
共に「生きる」を考える活動
ビフレンダーズのボランティアは、自身を振り返ることの連続です。そのため、相談される方のみならず、相談員も共に「生きる」を考える活動だと言えるかもしれません。「誰かの力になりたい」とビフレンダーズのボランティアを始める人の中には、かつて自分自身が苦しい経験をしたことのある人もいます。ビフレンダーズの活動を通して、仲間たちに気持ちを受け止められ、自身の心を整理していき、結果的にこの活動を始めたことによって自分自身が救われたという人もいました。生きることは誰にとっても困難なものであり、相談する人も受ける人も関係なく、誰しもが「生きる」を考える活動であって欲しいと願っています。
まだまだ社会には、自殺に対する偏見や先入観、この問題をタブー視するまなざしを感じます。ただ、現実として年間2万人を超える方が自殺で亡くなっていて、遺された人たちがいます。蓋をするのではなく、やはりきちんと向き合うべきことなのではないでしょうか。「そのことを考えると自分もしんどくなるのではないか」と不安に思われる方もいるかもしれません。その不安も理解できます。いつか、周囲の人の心にもっとよりそってみたいと思った時に、あるいは自身の心をもっと大切にしたいと思った時に、この活動のことや自殺の現状について知ってみたいと思っていただけたら嬉しいです。その時は一緒に悩みながら「生きる」ことについて考えてみたいです。
文:認定NPO法人国際ビフレンダーズ大阪自殺防止センター 理事長 北條 達人