市民活動ワクワクレポート内容
安田真奈 (監督・脚本家)
奈良県出身、大阪府在住。2006年、上野樹里・沢田研二の電器屋親子映画「幸福(しあわせ)のスイッチ」監督・脚本で劇場デビュー。U-NEXT、dTV配信中。
他、小芝風花主演 近大マグロの青春映画「TUNAガール」監督・脚本(ネットフリックス、ひかりTV配信中)など。
安田真奈 公式サイトhttps://yasudamana.com/
安田真奈(映画監督・脚本家)×NPO法人にしよどにこネット
メーカーに約10年勤めながらオリジナル脚本で映画を撮り続け、退職後、『幸福(しあわせ)のスイッチ』(2006年)で劇場デビュー。当作品でおおさかシネマフェスティバル脚本賞を受賞。以後、さまざまな作品を世に送り出してきた安田真奈さん。
一方、地域で子育てを広げるプラットフォームとしての子育て広場運営を始め、居場所づくり、さまざまな子育て応援団体や支援機関への橋渡しなど、西淀川区の地域連携を担うNPO法人にしよどにこネット代表の福田留美さん。
全く違う経歴のお二人が、とある勉強会でたまたま出会い、生まれた子育て応援・地域連携の新しいカタチ。
今回は映画監督・脚本家の安田真奈さんのお話です。
児童虐待をテーマとしたNHKドラマ『やさしい花』を題材に、西淀川区の子育てを応援
西淀川区との連携協働のいきさつは?
2006年、「幸福(しあわせ)のスイッチ」の監督・脚本で劇場デビューできましたが、その後、子どもを授かったのを機に、撮影現場から少し遠ざかっていました。子どもが小さいうちは脚本仕事のみを受けていましたが、その時期に、わが子に手をあげてしまう若い母親と、その母子に手をさしのべようとする隣人の物語、「やさしい花」(製作 NHK大阪放送局、平成23年度文化庁芸術祭参加作品)の脚本を書かせていただきました。執筆にあたっては、児童虐待の当事者を始め、児童相談所の方など、さまざまな方々にインタビューをさせていただきました。
このドラマはNHKの児童虐待の特集『子どもを守れ!』の一番組として2011年に放送されたのですが、西淀川区を活動拠点とされているNPO法人「にしよどにこネット」代表の福田留美さんの目にとまり、たまたま出会えたことも後押しになって、2013年に連携協働プロジェクト「『やさしい花』上映会&しゃべり場カフェ」を始めていただきました。
43分という短めの作品なので、前半を上映会、後半をワークショップというプログラム構成にして、親御さんだけでなく、支援者や地域の方など、さまざまな方を対象に、毎年実施いただいています。
実施日には、私もできるだけ会場まで駆けつけ、テーマに対する思い、取材プロセス、脚本に込めたメッセージなど、つくり手の立場から、お話をさせていただくようにしています。
大阪で起きた二児置き去り死事件を背景に、自分に何かできることはないかと考えた
児童虐待をテーマとした脚本を書くことになった背景、きっかけは?
児童虐待…。若い頃の私は、その言葉に、「自分とは無縁」「忌むべき犯罪」という印象を抱いていました。子どもに手を出すという行為が、理解できなかったのです。
しかし実際に育ててみると…四六時中イヤイヤに振り回され、手作りの食事はひっくり返され、2年近くは毎晩4、5回夜泣きで起こされ、睡眠障害に陥っても休む時間はなく…。わが子が愛おしいのは言うまでもないのですが、限界を超えた疲労に、あやうく育児鬱にもなりかけました。この上、周囲の理解がなかったら、子どもにストレスをぶつけてしまうのかも…?自分が子育てを経験して初めて、虐待は遠い世界の問題ではない、と感じました。
そんな中、2010年の「大阪市西区二児置き去り死事件」をきっかけに、NHK大阪放送局で『子どもを守れ!』という特集番組が企画されました。事件が起きた当時は、シングルマザーが“しんどい”のは自己責任、として突き放す風潮が強く、週刊誌には“鬼母”といった過激な表現が並びました。しかし、子育ての大変さを知る私は、母親ばかり責める風潮に違和感を抱いていました。さらに、彼女が幼子二人を抱えて養育費ももらえず、親族の助けも得られずにいたと知り、胸が詰まりました。やがてNHK大阪放送局から、「児童虐待に関心が薄い人たちにも、ドラマを通じて考えてもらいたいので、オリジナル脚本を書いてください」と依頼があり、喜んでお引き受けしました。同じ悲劇を繰り返さないためには、「子どもだけでなく、困っている親も救う」というアプローチが必要です。誰もが当事者になるリスクがあるので、「子育てがいかに大変で、周囲の助けが必要か」「大変な時は周囲にいくらでも助けを求めていい」という視点をドラマに込めました。私にとって『やさしい花』は、子育ての時期があったからこそ書けた脚本でした。
『やさしい花』のDVDは、NHKの福祉ビデオライブラリーで誰でも借りられますし、営利目的でなければ上映も可能です。子育て中の親御さんや、支援されている方、地域の方々にご覧いただいて、問題を考えるきっかけにしていただければ、と思います。まさに優しい花のような見守りの視線…、地域に増やしていきたいですね。
孤立が児童虐待を招くリスクは誰にでもある。だからこそ地域の優しい見守りが必要
児童虐待を引き起こさないために当事者に必要なこと、周囲に必要なことは?
子育ての最大の敵は「孤立」です。孤立すると、虐待に陥る危険性がグッと高まります。
だから、地域の優しい見守りがとても重要です。見守る、そして助けあえる社会でなければ、お母さんもお父さんも子どもも安心して過ごせません。ただし、「見張られる」としんどくなるので、バランスが大切。地域のみんなで、子どもたちの成長をあたたかく見守れたら、ベストですよね。
私も子育てが大変だった頃、鬱々とした心を癒してくれたのは、周囲の優しさでした。
隣人の何気ない「可愛いわぁ」。
保健士さんの「元気に育てておられますね」。
ママ友の「イライラしない母親なんていないよ」。
子育てって、一人でいると悩みが深くなりがちなんです。だから、時には身近な人に甘える、愚痴を言う、ということも大事。『話してみると、意外と理解してもらえるなぁ』『しんどさを周囲と共有できれば、少し気が楽になるなぁ』ということが、自身の経験を通じてわかりました。明るく元気そうに見える人でも、案外、陰でしんどい想いをされていることは多々あります。話してみることで、きっと苦労をわかちあえる仲間は見つかるはずです。
まちづくりと映画づくりは、うまくリンクするといい相乗効果が生まれる
安田真奈さんにとって、印象的だった映画づくりは?
私は約10年間、会社員をしていたのですが、その経験がヒントになって、上野樹里さんと沢田研二さんの電器屋親子映画『幸福(しあわせ)のスイッチ』を撮りました。ロケ地は、和歌山県田辺市。撮影にあたり、地域の多くの方々の力をお借りしました。この作品を機に「田辺・弁慶映画祭」が生まれ、10年以上継続して賑わっています。まちづくりと映画づくりがうまくリンクすると、とてもいい相乗効果が生まれますね。
また、『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』は兵庫県加古川市を舞台とした青春映画で、シティプロモーション企画でした。脚本を書く前に、加古川市役所の方々に、街の魅力をヒアリングしたのですが、「姫路城のような世界遺産もありませんし、神戸ほど観光資源も豊かではないですし…」と、とても控えめ。自分のまちの魅力には案外気づかないものなんですよね(笑)。でも、映画の目線でまちを切り取ると、素敵な風景がたくさんありました。撮影数か月前から「市民演技ワークショップ」も開催したので、市民の皆さんのモチベーションは高かったですよ。地元の高校生にも、出演だけでなく、ロケハンや小道具製作、公開の際の舞台挨拶もしていただきました。
映画は、「大人だけ、映画人だけ」でつくられることがほとんどです。しかし、地元で長く愛される作品とするには、企画段階から興行まで、地域の方々と全部一緒に走るのがベストですね。また、「ご当地映画」は、映像や製作過程を通じて「自分のまちの魅力」を再発見できるので、とても効果的なまちづくりに繋がると思います。
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<つくり手から学ぶまちづくり~連携協働の視点>
- 映画をつくる、という目線でまちを切り取ると、素敵な風景がたくさんある
→普段見慣れている風景、当たり前の風習…外部人材の客観的な視点から、まちの魅力再発見につながる可能性を考えよう(例:地域公共人材の導入、他地域との交流等)
- 作り手だけが走るのではなく、地域を巻き込み一緒に走る
→「このまちを舞台にした映画をつくる」という具体的なビジョンや目標を共有し、住民の参画意欲を喚起
(例:地域ごとの魅力紹介動画づくり+地活協フォーラム等、成果発表の場づくり)
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映画を観終わった後、心に「陽の風」が吹くような映画をつくり続けたい
今後の抱負をお聞かせください
人はつい、他人の表面だけを見て羨んだり、しんどさを一人で抱え込んだりしてしまいますよね。お互いに歩み寄って分かり合えたら、きっと、少しは楽になるのに…。
そんな人間の不器用さを踏まえて、ずっと描いてきたテーマがあります。
「人生は、ちょっと見方を変えれば決して悪いものではない。その『ちょっと』の方向転換が見つかる瞬間は、とても尊い」ということ。
私の作品には、人と人との関わりを通じて生まれる「ちょっとしたきっかけ」によって、見過ごしていた大切なものに気づくシーンが多くあります。大切なものとは、例えば親であったり、友だちの存在だったり…。だから「映画を観て、家族や友だちに会いたくなりました。」といった反響は、とても嬉しいです。
映画づくりの楽しみは…色々ありますね。多くの人との共同作業なので、自分のアイデアがどう膨らんでいくのかと、構想段階からワクワクします。演技、撮影、編集、音楽…それぞれの専門技術を持ち寄ることで、どんどん作品に奥行きが生まれていきます。イメージが膨らんでいくプロセスは、とても楽しいものです。
また、一度作ると何度でも上映でき、そのたびにまた集ったり交流したりできる…そんな「終わらないお祭り」であることも、映画づくりの魅力ですね。
これからも、観客の皆さんの心に「陽の風」が吹くような映画を撮りたいと思っています。
(次回は連携協働者のNPO法人にしよどにこネットの福田様より連携協働プロセスの具体的なお話を掲載いたします)
記事作成:株式会社アクセプト